経営リーダーの素養

これはそんなに難しいことではない。
まず、お客様の未来を考えられること。


これは、常にお客様に会って、
話を聞いているだけではダメで、
「今」は見れても「未来」ではない
(ここで間違ってしまうんだよね)。


未来は、論理と経験に基づく仮説
及びその検証の世界。
つまり「自分がお客様だったらどうするか」を
考え抜く世界。


だからこそ、過去(歴史)の勉強なんだなあ。
今のお客さんの言い分は、
ニーズとはちょっと違っていて、参考情報。
きちんと報告を受けていれば、大丈夫。


次に、見えてきた未来に向かって、
組織を作ったり、お金を集めたり、
ブランディングしたり、
全体のグランドデザインするチカラ。
これはビジネスモデルを問わずだね。


最後に「人垂らし」であること。
タレント人材の採用と育成は、
人事制度や育成プログラムで
どうにかできるものではない。


リーダーの魅力で、
その仲間のレベルも決まるといえるだろう。
これは社内だけではなくて、
金融機関のようなパートナーも、
お客様も全く同じだと思う。

人事屋にとっての理想の企業経営

これは答えでもないし、
結果論でしかないのだが、オーナー経営者が、
自分がつくった会社を
「自分の子供」だとか「人生そのもの」と
思い込んだらダメだと思う。


そういう気持ちが情熱を生み、
会社を成長させる原動力にはなろうが、
働く人々を幸せにはしないだろう。


会社は、顧客の問題解決を存在意義として、
それが利益の源泉である。
問題を明確にして、解決に向けて、
伴走できなければ、退場するしかない。
これがビジネス。


一方働く人々と会社の関係はどうか?


仕事を通じて学び成長する事を
支援する場であろう。
それを通じて、結果として、
スタッフの幸せを最大化できれば良いが、
社員の幸せは、多様化しており、
そして大事なことは、会社の幸せとは、
どこかで合わなくなるということだ。
これが、組織と人材の賞味期限論。


こう思えば、会社の業績よりも
社員の人生を優先することに抵抗がなくなる。
それぞれの人生を尊重すれば良い。


まあ10年を基準に、
両者の交わりを考えれば良い。
会社は、顧客のために、あるべき姿を
変貌することを妨げてはならない。


それはエゴだからね、
市場にだけ首を垂れるのが、ベスト。

スキマ仕事

土曜日は、WEBを使った
上半期振返りのための社員総会を行った。


この2年好業績が続いているので、
良い意味でのその要因を解説する時間になった。


僕も含めて多くの役員が感じているのは、
「スキマ仕事」を埋める
リーダーシップについてだ。


スキマ仕事は、組織論で言うと、
上司の仕事である。ところが、
上司だけがスキマ仕事をして、
スタッフが貝殻の中で自分の仕事に
閉じこもった組織は、
パフォーマンスが出ない時代になった。


市場やお客様の変化が早いので、
現場スタッフのリーダーシップが、
パフォーマンスを直結する時代になったのだ。


自分の役割を超えて、
上司の仕事を取りに行くモチベーションは何か?


それは、お客様を満足させ、
喜ばせたいという基本欲求だと思う。
だから、強い商品と成長する市場が減った今、
ジコチュウ君の活躍する時代ではないのだろう。


当社は、ここにおいて、
拘りを持った採用をしており、
結果スキマを埋めるリーダーシップが
増えてきて、お客様の支持につながり、
好業績に結びついていると思う。

振り返り⑨

今のオフィスに引っ越してきた
2018年頃からは、うまく表現できないけども、
組織が、自立して、勝手に目標に向かって
動くようになってきたように思う。



僕の立場で言い直せば、僕個人が

すべてを管理することが、

完全にできなくなった事業規模ともいえる。

社員数も、200名近くなってきたしね。




ここ数年僕は、お客様とお会いすることは、

ほぼない。



現場の採用も、人事も、承認はするけども、

かなり任せている。




不思議なことに、コロナ渦で、売上も利益も、

過去最高を更新し続けている。



まあ、組織化というのは、

こういうことなのだろう。



想定よりも早く実現しつつあるので、

少し戸惑うこともあるが、

まさに目指してきたところ、

後は責任もって働いてくれる仲間に、

きちんと利益と成長の機会を

分配することだろうなあ。

振り返り⑧

東日本震災後の不景気が続く中、
2012年から2年ほど、
また、経営危機になった。


今度は、社内問題であり、

特にこの時期、営業強化の名の下に、

採用したシニアなスタッフたちが、

いくつか問題を起こして、

その解決に、奔走するような日々が始まった。



また、マネージャが

不祥事を起こすという事件もあった。




その内容は、ここには書けないけども、

まあ、一緒に働く仲間が、信じられない、

ということは、こんなに、つらいんだ、

ということを痛感させられるような毎日だった。



役員も、疲弊しており、

新卒の若手を抜擢して、情報を共有して、

一から組織を立て直した時期でもあり、

のめり込んでいたゴルフをすっぱりやめて、

仕事に集中することにした。




ゴルフは、その後6年間クラブを

握ることもなかったけど、

このときは、現場に戻ってよかったと思う。




2015年から、再び組織が健全化して、

成長路線になり、今年まで連続して、

増収増益になったからだ。




この時期の学びは、


1、信用できる好きなスタッフと働けることは、無常の幸せ



2、お客様とパートナーは、双方信頼関係を持てることが条件



3、人材投資をまじめにやっていけば、収益は、後からついてくる



4、経営理念などの価値観をしっかり持ち、

伝えていけば、共感した良い仲間で、

職場は、埋め尽くされる






とこんな感じかなあ。


当たり前の話に聞こえるかもしれないけど、

痛い経験からの学びは、大きいよ。

振り返り⑦

恵比寿オフィスと新卒投資、
それに、熊本進出と合計すると
2億円くらいは、使ったはずだが、

2015年には、全額借入も返済して、

投資回収のステージに入った。




地価の高い恵比寿に来たことは、

高コストのオペレーションから

逃げられないことを意味するから、

必然的に、売上よりも、収益性を

経営指標にするようになり、

そのためには、どのようなクライアントに

どんなサービスを提供すべきか、

を必死に考えて、今に至るようになった。




新卒採用したスタッフは、数人は、

役員にまでなったので、2006年から

の10年の成長を支えてくれたことになる。



彼らの多くは、転職し、あるいは

起業してがんばっているはずだ。




熊本は、スターティングメンバーの奮闘で、

アウトソース事業のかなりの

売上と収益の柱になってきた。

スタッフも、優秀である。



熊本一の給与と福利厚生を

誇れるような事業所に育てたい。




それにしても、自分でもあきれるが、

2005年からの10年間は、

収益性が低いくせに、旺盛な投資意欲で、

借入もふくらみ、

よくそんな危険な経営をしていたなあ、

と思う。



こういう会社を作りたい

という執念のようなものであったと思う。

振り返り⑥

リーマンショックのときに心がけたのは、
経営が苦しくても
「解雇」や「内定取消」をしない、

ということだ。



綺麗ごとではなく、前職が

そういう責任持った経営をしていたので、

それが当たり前だと思っていただけである。




この時期は、人材ビジネスが、

リストラ(解雇、内定取消など)を

バンバンやっており、

対照的な企業文化が根付いたように思う。




まず手をつけたことは、

人件費の次に重い、家賃を減らすこと。



知り合いのオーナーが、

恵比寿で25%安い募集をしていたので、

迷わず移転を決意して、

残業規制などのコスト削減に、協力をしてもらった。



一時的に、最終利益が赤字になる見込み

だったので、銀行を訪ねて、

事前の了解をもらう。

(2年連続したら融資引き上げ)




このとき乗り切れたのは、

社員の協力もあったけど、なんと言っても

景気にあまり影響を受けない

人事業務(ペイロール)ビジネスがあったことだ。



同業他社のほとんどが、

採用単品ビジネスだったのに比べて、

本当に救われた。




さて、新しいオフィスに移って、

最初に検討したのが、アウトソーシングの

ビジネスモデルの変化対応だ。



このリセッションを機に、

大きく市場が変わるだろうと思っていたので、

東京でのオペレーションを縮小して、

中国やベトナムあるいは、

地方拠点を作ろうと考えていた。



いろんなところを訪問して選んだのが、

熊本県だった。


事務業務が圧倒的に少ないので、

優秀な人材の採用が低コストで見込まれること、

県や市が進出第一号として、

熱心に誘っていただけたこと、それに、

熊本県人の素朴さと、自然の豊かさ、

なんと言っても、熊本城の雄大さに

心を奪われた、というのが、決め手だろう。




2011年開業した熊本BPOセンターは、

現在、60名ほどの正社員が

働く職場に成長した。

振り返り⑤

2005年から改めて
所謂ビジョンメイキングと
その戦略作りに入った。といっても、
今思うとショボショボだけどね。


いろいろ計算すると必要資金は2億円。
当時の営業利益が2000万程度だったから、
無謀以外の何者でもないよね。
正に、絵に描いた餅という戦略だった。


ところが驚くことに、2つの銀行が、
このお金を僕に貸してくれるという。
必死にプレゼンした僕の勝ちで、
今はない政府系金融機関と
創業以来支援頂いている三菱UFJさんが、
動いてくれた。


この2億円のうち、1億円を、
恵比寿の新オフィス作りとスタッフの採用
特に新卒採用に投資した。
ところがものごとは、そううまく運ばず、
売上が伸びずに残りの1億円が、
どんどん減っていく。
またしても、「破産」の2文字がチラついて、
胃が痛むような不眠の日々が続く。


これが好転したのが、2007年。


採用事業の引き合いが猛烈に増えて、
ベンチャーと人材ビジネス人気で、
採用もうまくいくようになった。


この数年過去最高の売上と利益を
更新したけど、組織や営業基盤は弱く、
まだまだトラブルに追われる毎日が
続いたけども、少しずつ、理想の会社を考え、
そこに足掻き続ける日々でもあった。


この時期採用したスタッフが、
のちのマネジメント中心になったことを
考えると、悪い投資ではなかったように思う。


また、ブランディングも頑張って、
出版や講演このブログも、
その頃から頑張って、
少しずつ知名度も上がり、
目標とする一流企業とのお付き合いも
増えてきた。
手応え感を感じる日々でもあった。

振り返り④

2002~2005年くらいは、
あまり記憶のない時代である。


前回書いた経営危機に
すっかりまいってしまい、
オフィス移転で、コストを抑えて、
保守的な経営に走り、
ベンチャーというよりも、
ただの中小企業になり切った
数年間だったような気がする。


この頃のスタッフは、
能力も人間性も今よりは
格段に落ちる人たちが多く、
お客様とのトラブルや社内人間関係に
いつも奔走していたようで、
そこそこ利益は出ていたけど、
正直ウンザリした気分で
毎日を過ごしていたような記憶がある。


そんな時期、
僕の元来のモチベーションを
再び刺激するような出来事があった。


一つは、リクルート出身者中心に、
所謂人材ビジネス業界に
新しい企業が次々に起きたことだ。
もう一つは、清宮監督が
早稲田ラグビー部に戻ってきて、2年で、
10年ぶりの学生日本一になったことだ。


勇気と刺激をもらって、
「せっかく創業したのだから、
こんな会社で終わらせたくない」
という思いが沸々と湧いてきた。


強く思ったことは、
「強い会社、本当の一流企業の
人事専門パートナーになりたい!」
という強烈なモチベーションだった。

お粗末税制改革

何と目玉制度が、
賃金アップのための法人税減税だという。
開いた口が塞がらない。


本制度は、安倍政権から存在して、
その効果を高めただけだが、
当社も含めて、一定の利益が出ていれば、
喜んで適用するだろう。


だから黒字企業の経営者と従業員には、
ハッピーな制度であるが、いつもいうように、
財源特定無しのバラマキ政策の典型で、
こんな施策で、経済成長の好循環が
生まれるとは、誰も思っていない。



成長のためには、成長と退場の事業や企業を
分けてメリハリのついた投資をするしかない。


組織も働く人も苦しむだろうけど。
目先のことしか考えないアホな政治家が
選んだリーダーは、この程度だったのだろう。
プロフィール
樋口 弘和
株式会社トライアンフ
代表取締役

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