振り返り②
創業3年目頃に、日本の通信分野ビジネスの
独占が解放されることになり、
米国企業が次々と進出し、
米国の知人経由で、
沢山のオファーをいただいた。
「会社を100~1000人規模にするまでの
人事全体を任せたい」というような案件で、
レポートは、全て英語である。
そして仕事の中心は、
やはり「人材採用」だった。
お金をかけずにスタッフを集めて、
4~5社の人事部長を兼任して、
各社のオフィスを駆け回り、
もう寝ずに仕事をする毎日。
週末も含めてこの頃は休んだ記憶がない。
社員数も急激に増えて、
20人強いたのではないだろうか。
独占が解放されることになり、
米国企業が次々と進出し、
米国の知人経由で、
沢山のオファーをいただいた。
「会社を100~1000人規模にするまでの
人事全体を任せたい」というような案件で、
レポートは、全て英語である。
そして仕事の中心は、
やはり「人材採用」だった。
お金をかけずにスタッフを集めて、
4~5社の人事部長を兼任して、
各社のオフィスを駆け回り、
もう寝ずに仕事をする毎日。
週末も含めてこの頃は休んだ記憶がない。
社員数も急激に増えて、
20人強いたのではないだろうか。