別れ際

39歳で、サラリーマンを止める決断をして、

40歳の誕生日日付の退職届を書いた。

 

やはり、すぐに「はい、そうですか」と

辞められるお気楽な立場ではなかった

ので、会社が必要とするプロジェクト

に、1年間奉仕してから退職という手順だった。

 

さて、辞意を誰に話すか、は結構こだわった。

最初は、アメリカ本社へ出向中の元上司。

 

時間がないので、1泊機中一泊合計3日の

弾丸訪問で、心のうちを正直に話しにいった。

酒癖の悪い上司だったが、飲めない僕も頑張って

夜中まで良く飲み、何を話したかさっぱり

覚えていない、酩酊状態で、クルマを運転して

よくホテルに帰った、という記憶しかない。

 

この上司が、後に、トライアンフという

社名をくれた。

 

次は、人事部で、尊敬する先輩で、

北八王子駅前の食堂で、労務者風の

人たちの混雑の中で話した。

「そうか、わかった」としか言わない

朴訥とした東大卒、弁護士崩れの先輩は

やさしかった。

 

次に、最も影響を受け、最も怖かった

担当事業部の取締役への報告。

鷹のような怖い顔で、黙って話を聞いた後

 

「お前は、病んでる、俺のところに異動

してきて、3ヶ月くらい本でも読んでろ。

それから辞めればいい」

 

という台詞。

いやあ、涙がでるかと思った。

 

人は別れ際が大事である、

とこのときに学んだ。

 

別れ際が綺麗な者とは、少なくとも

心の交流が一生続くものだ。

 

この3人のうち、一人は亡くなり、

二人とは、もう7-8年ご無沙汰だ

けれど、一方的な僕からの絆は、

途切れることがない。

プロフィール
樋口 弘和
株式会社トライアンフ
代表取締役

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