職業選択の不自由

学問やスポーツの世界でも、
卓越した才能を持ち、

国や社会に大きな貢献を
するような「天才肌」がいる。
 

 

彼らは、それぞれの専門分野で、
類まれなる成果をもたらし、
もって、「天才」と言われるのだろう
が、そのための人知れぬ苦悩や努力も、
また、創造を絶するものがあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、これと同じことが、
組織のリーダにも、言える。

優れた成果をだしたスタッフが、
必ずしも、良いリーダとは限らず、
むしろ、失敗体験から、深く

学んだスタッフのほうが、
人の心に寄り添えて、

良いマネジメントをすることは、
よくあることだ。

 

 

 

 

 

 

リーダという仕事は、

本質的には、
選ばれた人たちの
仕事だといえる。
 

 

リーダに憧れる人、

出世したい人、

高待遇を望む人、
そういう人は、大勢いるが、
彼らのモチベーションは、

ホンモノを創らない。

 

 

 

 

なぜなら、部下は、
その実力を3日で見抜くし、

心から、ついて行こうとは
思わないからだ。

 

 

 

 

多くの人が、
「あの人のためなら」と自然に

思えるリーダは、
例外なく「人誑し」である。

 

故に、人誑しは、
職業選択の自由はない、と
私は思う。

人と組織を創ることに、
その生涯を預けることから、
逃げることはできないのだ。

 

プロフィール
樋口 弘和
株式会社トライアンフ
代表取締役

最新記事
記事のカテゴリー
リンク
弊社サービス

 

 
 
 

サイト内検索
過去の記事(月別)
情報配信:RSS